日本書紀巻七「日本武尊の遠征」で「葦の浦」「玉の浦」を経て日高見へ至るという記述があり、葦の浦が亘理であるといわれている。 (ちなみに玉の浦は、岩沼市玉浦・仙台空港付近、日高見は北上川流域をいう)
亘理の名の由来としては、川の「渡し」が「渡り」となり、それが「亘理」となったとされている。
718年続日本記に曰理郡とありこれが、文献にある亘理の初見である。
718年 続日本記に曰理郡とありこれが、文献にある亘理の初見である。
1056年頃 藤原経清亘理権大夫と称し、亘理郷地方を所領。
1190年 源頼朝により、千葉胤盛亘理に封ぜられる。(後に亘理氏となる)。
1602年 伊達政宗の一門である伊達成実が現亘理町に館を構えて、統治を行う。
1870年 亘理伊達一門北海道開拓のため移住。人口減少。
1889年4月1日 亘理町、荒浜村、吉田村、逢隈村が設置される。
初代首長は、亘理町・斉藤源吉、荒浜村・斉藤定一、吉田村・真柳善四郎、逢隈村・斎藤多吉。
1943年4月29日 荒浜村が町制施行。
1965年2月1日 亘理町、荒浜町、吉田村、逢隈村が合併し、現在の亘理町となる。